マルコの福音書12章18~34節
本日は召天者記念礼拝です。写真を飾っての召天者合同記念式礼拝は3年ぶりのことです。
マルコの福音書12章ではイエス・キリストとサドカイ人たちとの問答が書かれています。そしてイエス・キリストは正しい真理を伝えています。
死人のなかからよみがえった人がめとったりとついだりはしないと。
Ⅰ、死んだから神にはならない。
死んだら神になると考える人が日本人には多い。仏教的思想から来るいるものでしょう。「死んだら仏様になる」という。天国会員の方々の写真を飾っていても、礼拝の対象では
ない。礼拝する対象は神ご自身のみであります。イエス・キリストも言われます。
「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である。」
Ⅱ、議論では解決できなく神体験が必要。
信仰について議論することも時には必要ですが、それだけでは解決できないです。
神体験が必要です。イエス・キリストがカルバリーの山で十字架につけられたのは
私たちのためで、それを議論で納得するのではなく、あの十字架は私たちの罪の贖いで
あり、十字架は神の愛の証しです。聖霊の神の働きであり、神の愛が注がれるのです。
議論の対象である神が存在するのではなく、実在する神がそこにおられるのです。
Ⅲ、神の国から遠くない。(34節)
「あなたは神の国から遠くない」とは神の国はだんだん近くなっているということは
なく、罪を悔い改めたときそこにあるのものです。神の国とは近くとか遠いとか距離の
問題ではなく、神の国がそこにある。神の国に入るという決断が必要なのです。
「あなたは神の国から遠くない」と私たちはいつも神から招かれ、信じる決断を促されて
いるのです。
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