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3月5日(日) 神の時の美しさ

本日のメッセージは宮崎友子師がご奉仕してくださいました。


伝道者の書3章1~11節


「天の下のすべての営みに時がある。」(1)のみことばから、


Ⅰ、初めがあれば終わりがあります。

「生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。」(2)

誕生と死について、私たちの人生のなかで、自分の顔をまじまじと他者から見られる時が

2度あります。

生まれた時と死んだ時です。前者は笑顔で見られ、後者は涙と嗚咽のなかで・・、

見つめられます。そして、生まれて死ぬまでの間にさまざまな出会いと別れを経験します。しかし、人生の歩みのすべての時を刻まれるお方は、神なのです。


Ⅱ、義父の介護と救い 

2021年3月、義母が脳梗塞で倒れ、入院と共に92歳の義父を牧師館に迎え、牧師館で同居。全く目の見えない人の介護の難しさを体験しました。

同年12月12日義母が召天すると、その後、義父の体力・認知力が急転直下。

義父の入院と救い、義母の召天の二カ月後に義父召天。二人共に、聖日の召天でした。


Ⅲ、メメント・モリ(ラテン語)

これは「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警告の言葉です。

死は100%の確率で全ての人に臨みます。いかに死ぬかは、いかに生きるか、です。

人生で最も素晴らしい出会いは、イエス・キリストとの出会いです。

あなたは神に会う備えが出来ていますか。あなたの愛する者はどうでしょうか。


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