top of page
  • 執筆者の写真faith

◆4月2日(日) 「十字架のことば」

更新日:4月11日

ルカの福音書23章34節


本日の礼拝は、棕櫚の聖日礼拝で、イエスがエルサレムへ入場された日です。

今日から一週間を受難週と呼び、イエスの十字架を深く覚える週です。


イエスは「されこうべ(どくろ)」いう不吉な名前の場所で十字架につけられたのです。

二人の強盗とイエスは十字架を背負い、この場所へ来たのです。途中、イエスは倒れそうになったので、ローマ兵は、無理やり、クレネ人シモンという人に十字架を背負わせました。


この十字架の刑は極悪人か、政治犯がかかるでした。イエスは正しい裁判を経ないで、

十字架にかけられたのです。ローマ帝国では何人もの罪人をまとめて処刑することが通例

だったそうです。


このイエスの十字架上では7つの言葉をイエスは言います。その最初の言葉がルカの福音書23章34節の言葉、「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです」で、この言葉は、


Ⅰ、愛を示しています。

イエスはその前夜に弟子たちの足を洗い、最後の晩餐を致します。イエスは、裏切ることになるユダの足まで洗い、極みまでの愛を弟子たちに示します。

そして、ここではローマの兵士や、あざけり罵声を放つ群衆のためにも、愛を示しているのです。

イエスの十字架は神と罪人との仲保者として、とりなしの祈りをささげているのです。


Ⅱ、救いを示しています。

「十字架のことばは、滅びる者たちには愚かであっても、救われる私たちには神の力

です。」とパウロは言います。(Ⅰコリント1・18)

十字架にかかられたイエスを信じる者たちは、滅びから救われ、また救われた者にとっては、それは神の力であると。

ヨハネは、十字架で裂かれた御からだから流れた血は、罪人の汚れを清めると言いました。「御子イエスの血がすべての罪から私たちをきよめてくださいます。」と。(Ⅰヨハネ1・7)

閲覧数:3回0件のコメント

最新記事

すべて表示

◆4月14日(日)「無関心は罪」

ルカの福音書11章45節〜54節 先週はパリサイ人に「わざわいだ」と主イエスは言いましたが、 ここでは律法の専門家たちにも「わざわいだ」と言います。 (11・42,43) なぜわざわい、不幸なのか。 両者に共通していることは、自分の欲を満たすことを最優先し、 「人々には負いきれない荷物を負わせる」からだと、 主イエスは言います。 私たちもこの主イエスの言葉を聞きましょう。 Ⅰ、自分をごまかし、正当

◆4月7日(日)「正義の実行のために」

ルカの福音書11章37~44節 先週はイースター礼拝でした。今週も復活の主をあがめて歩んでいきましょう。 熟練した陶工者は、暗闇の中でも自分のつくった器を見分けることが できるらしいです。 それは端正こめて、生み出したものであるからだそうです。 神も私たちを「神の作品」(エペソ2・10)として、 かけがえのない存在として創造されたのです。外見だけでなく、内側もです。 Ⅰ、主イエスの命令 主イエスは

◆8月20日(日) 顧みてくださる主イエス

ルカの福音書9章28〜43節 イエスと3人の弟子たち一行が 山を下りてくると、 大勢の群衆が主イエスを 迎えました。 その群衆の中には 悪霊に取りつかれていた 子どもの父親がいて、 以前弟子たちに、 悪霊を追い出して欲しいと 願ったが、できなかったと。 そこで山を下りてきた 主イエスに再度お願いしたのです。 ここではふがいない弟子たちの 姿が浮き彫りにされています。 Ⅰ、主イエスの変貌を前に恐れて

Comments


bottom of page