ルカの福音書7章36~50節
本日もルカの福音書7章から講解説教です。
私たちは自らの罪深さと向き合うことは、正直なところ避けて通りたいことかも
しれません。罪と向き合うとき、見たくないものをどうしても見なければいけないから
です。しかし、自分の罪と向き合うときに大きな神の恵みを経験します。それも事実です。そのことによって、
Ⅰ、自分の罪深さを知るのです。
自分は他の人より正しい人だ、罪深い人間ではないと思っていても、深く取り扱われる時、大きな罪があることを知るのです。そして、自分の罪深さを知ることなしには、神の赦しの大きさを知ることはできないのです。
「義人はいない。一人もいない。悟る者はいない。神を求める者はいない。」(ローマ3・10.11)
Ⅱ、神の愛の大きさを知るのです。
神の愛の大きさを知ることができたならば、心のなかに憎しみや妬みはなくなり、感謝が
生まれるのです。それに神の赦しの愛を受けた者は、神に感謝の賛美をささげる者とされるのです。そして、新しく造られた者とされるのです。
イエス・キリストは言います。「この人は多くの罪を赦されています。彼女は多く愛したのですから。」と。(47)
Ⅲ、神へ愛を示すようになるのです。
この罪深い女の、主への愛の行動は、そのようなところから来ているのです。
神に罪赦された者は神への奉仕への熱情をもつのです。
最後にエミー・カーマイケルの言葉を伝えます。「we cannot love too much」
(私たちはあまりにも愛しすぎることはありません。)
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