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  • 執筆者の写真faith

◆6月4日(日) 「私たち自身に起こったこと」

更新日:4月11日

ルカの福音書8章26~39節


イエス・キリストがガリラヤ湖の対岸に渡った時、服を身につけず、

裸で墓場に住んでいたゲラサ人の男がやって来て、イエス・キリストを迎えたのです。

彼は悪霊につかれ、苦しむ男でしたが、イエス・キリストはその悪霊を追い出し、

元の場所に返されました。(38)

そのゲラサ人の男にイエス・キリストがなされたことは、私たち自身に起こった事でも

あります。


Ⅰ、罪の奴隷であったこと

すべての人は罪人で、罪の奴隷です。「罪を行っている者はみな、罪の奴隷です。」

(ヨハネ8・34)

ゲラサ人の男は悪霊に苦しみ、鎖でつながれ、足かせをはめられた男でした。

私たちも正しいことをしたいと思ってもできなかったり、律法を守ることができない

存在です。やめたくでもできない罪の奴隷なのです。

私たちは、自分の力では本当の自由を得る事はできないのです。


Ⅱ、自由とされます。

ルターは『キリスト者の自由』という本を出版しましたが、イエス・キリストも

言われました。「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」

(ヨハネ8・32)と。

ゲラサ人の男の悪霊をイエス・キリストは追い出し、自由とされたのです。

真の自由を得る事はイエス・キリストの力しかできないみ業です。


Ⅲ、故郷で主の証し人

ゲラサ人の男はイエス・キリストの弟子として招かれませんでした。

イエス・キリストに、「お供をしたいとしきりに願った。」とありますが、

故郷に帰り、イエス・キリストの証し人として生きるよう命令されました。

私たちも、故郷で生きるのか、また弟子のように家や職を離れてイエス・キリストに

従うかは、それは神がお決めになる事です。

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