top of page
  • 執筆者の写真faith

◆7月30日(日) たとえ全世界を手にいれても

「長老、祭司長、律法学者」は、福音書にたびたび登場します。

当時このトリオは、

ユダヤの「最高法院(サンヘドリン)の

最も重要なメンバーであったのです。


彼らが必死になって主イエスを捕らえ、

殺そうとしたのはなぜでしょうか。


山上の垂訓に見られるように、

彼らには主イエスが、

律法を破っており、神を冒涜していると思えたからです。


Ⅰ、主イエスの覚悟

口語訳聖書では、22節に「必ず」という言葉があります。


そのギリシヤ語は「デイ」という言葉で、

神の必然性を示しています。

「必ずそうであらねばならないもの」として

主イエスは決めていたのです。


Ⅱ、主イエスの厳しい命令

主イエスは、「自分を捨て、自分の十字架を負って

わたしに従いなさい。」と弟子たちに言われました。


主イエスは弱き者、小さき者を特別に愛されました。

たとえ自分が罪人と言われても、

彼らの尊厳を守ったお方です。

私たちも主イエスのように生きるとき、

真の祝福を受けることになるのです。


Ⅲ、エゴイズムの先は滅びです。

エゴイズムとは自己中心主義です。

主イエスは言います。

エゴイズムで全世界を得てもむなしいと。


現在の地球環境の崩壊は、

人間の高慢とエゴイズムの先の世界を意味しています。


クリスチャンが神を愛し、

隣人を愛していくとき、

この世界は素晴らしい世界へと移り変わるのです。


現代の危機の時代は、

人間に、自己中心主義から神中心主義へ転換することを

求められているのです。

閲覧数:2回0件のコメント

最新記事

すべて表示

◆8月20日(日) 顧みてくださる主イエス

ルカの福音書9章28〜43節 イエスと3人の弟子たち一行が 山を下りてくると、 大勢の群衆が主イエスを 迎えました。 その群衆の中には 悪霊に取りつかれていた 子どもの父親がいて、 以前弟子たちに、 悪霊を追い出して欲しいと 願ったが、できなかったと。 そこで山を下りてきた 主イエスに再度お願いしたのです。 ここではふがいない弟子たちの 姿が浮き彫りにされています。 Ⅰ、主イエスの変貌を前に恐れて

◆8月13日(日) 主イエスの真実の姿

ルカの福音書9章28~36節 先週の礼拝と同じ聖書箇所ですが、 ここでは主イエスの真実の姿を さらに見たいと思います。 Ⅰ、栄光の姿(29節) イエスが山に登ると御顔は変わり、 衣も白く光って栄光に輝かれた、とあります。 変貌山の出来事がここに書かれています。 ペテロと弟子たちはその姿に驚きます。 34節には「弟子たちは恐ろしくなった。」 ともあります。 先週は、主イエスが栄光の姿に変えられたこと

◆8月6日(日) 変わること

ルカの福音書9章28~36節 主イエスが山に登り栄光に輝かれた 変貌山の出来事を理解することは 非常に難しいです。 しかし、このことを通して 何を教えられているのかを知ることは、 私たち現代のクリスチャンにとって、 とても重要なことです。 この出来事の前に、ペテロの信仰告白と、 主イエスの受難予告がありました。 ぺテロにとっては自分自身がした、あの信仰告白 (イエスが神からのメシアであるとの告白)

bottom of page