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◆8月13日(日) 主イエスの真実の姿

ルカの福音書9章28~36節


先週の礼拝と同じ聖書箇所ですが、

ここでは主イエスの真実の姿を

さらに見たいと思います。


Ⅰ、栄光の姿(29節)

イエスが山に登ると御顔は変わり、

衣も白く光って栄光に輝かれた、とあります。


変貌山の出来事がここに書かれています。

ペテロと弟子たちはその姿に驚きます。

34節には「弟子たちは恐ろしくなった。」

ともあります。


先週は、主イエスが栄光の姿に変えられたことを

強調し伝えましたが、

しかし、実際のお姿は変わっていないのです。

主イエスは栄光の姿なのです。

輝きを放つ姿なのです。本来の姿です。


Ⅱ、神の子の姿(35節)

主イエスは神のひとり子です。

35節に「雲の中から言う声がした。」

とあります。

そしてその声は、「これはわたしの選んだ子」

と告げたと。


この声は、主イエスに伝えたというより、

弟子たちに伝えています。

主イエスが神の子であることを示されたのです。


マタイの福音書でも、

主イエスがバプテスマのヨハネから洗礼を受けると、

天から声があり、その声は

「これはわたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」

と告げたとあります。(マタイ3・17)


Ⅲ、選ばれた者の姿(35節)

「これはわたしの選んだ子」とあるように、

主イエスは選ばれたお方でもあるのです。


しかし、こののち、主イエスは

その栄光の姿・神の子の姿・選ばれた者の

その本来の姿を捨てて、

わたしたちのところに来られたのです。


今も多くの人がわからずにいますが、

わからなくても、主イエスは、

すべての人の救いのためにこの世に来られ、

その本来の姿を捨てて、

罪人として十字架にかかられるのです。


「人としての姿をもって現れ、

自らを低くして、

死にまで、それも十字架の死にまで従われました。

(ピリピ2・7,8)

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